疲れきった自分を「言霊」で癒せることを伝えたら、その人は

頑張った自分に向ける『ありがとう』の言葉に 強く抵抗があると言います。

非常に波動の高い言葉なのに、「呪いの言葉」に聞こえると言います。

『嬉しい! 楽しい! 幸せ! ツイてる!』という言葉にも強い抵抗が生じるそうです。

ご本人は非常に洗練された魂の方なのに・・・不思議・・・?

話を伺って、その理由がわかりました。

 

幼少期から機能不全家族の中で育って、すぐキレる父親に

「誰のおかげで・・・できると思っているんだ!」

「お前ごときが・・・感謝が足りない! 俺にありがとうと言え

と、怒鳴られて育ったのでした。

 

『きれい!』『嬉しい!』と言っても、「うるせぇ!」と怒鳴られたそうで、

発する言葉、反応の全てを怒鳴られて否定された環境だったのです。

私自身もそれに近い環境でしたので、様子が目に浮かびました。

『ありがとう! 嬉しい! 楽しい! 幸せ! ツイてる!』という言葉は

父からの「この俺に感謝しろ」の延長線上にあって、

【「ありがとう」を強要】する呪縛になって、文字通り【呪いの言葉】だったのです。

 

催眠状態で、大好きな沖縄の海の澄んだ水で、呪縛を洗い流し、解放されると、

先ほどの言葉を、抵抗なく受け入れることができるようになりました。

 

キレる父親と、カサンドラ症候群の不安定な母親の間で苦しみながら、

【自分が変わる】ことで、長い間、家族の関係調整を図ってきたその方は、

今はすっかり変わって『後悔して苦しんでいる父親』を許していると言います。

(呪縛とは別のこと)

 

「後悔できること」も「悔やんで苦しむことができる」のも祝福の中で行われていると思います。

生きている間に、己のあやまちに気づけて幸いでした。生きている間に己を知ることなく、

あの人のせいで自分は被害者だと思って生涯を終える人がおられます。

長い間わが子や家族を苦しめた、パワーハラスメントに気づいて悔やむことができる・・・

これは、今やお父様が「人間としての自分の在りよう」に目覚め、

【祝福されて、人間回復しつつある・・・その軌道に乗っている】ことです。

私は喜びをもって聴かせて頂きました。

(ご本人の了解を得て紹介させて頂きました)

 

人様の苦しみを聴かせて頂き、つらい気持ちに寄り添うことをミッションとして生まれた人は、

些細な誤解や、理不尽な扱いをされて傷つく体験を どうやら繰り返すもののようです。私も。

それらの体験を、いちいち「ほら、また・・・私は・・・」と落ち込まなくていい。

「私はいつも ツイていない」「がっかり・・・絶望!」と思わなくていい・・・。

人が体験する【つらさ】を忘れてしまわないように、

【寄り添える人でいられるように】大いなる計らいの中で意図されて、

あえて【与えられている痛み】なのです。「痛み」もまた恵み。

かねてより『与えられ、与えられ、どこまでも与えられている』と私が申しているのはこのことです。

 

どこへ行っても、人が寄ってきて、人生相談をされる人・・・、

1時間、2時間・・・聴かせてもらって、一言二言感じたことを返しただけなのに、

「誰にも言えなかったことを聴いてもらった」と喜ばれる人。

聴いただけなのに、相手が楽になる・・・プロじゃないから無償だけど、これは重労働。

話しかけられたら、聴く。自分から根ほり葉ほり訊かないけれど、話されたことを聴く。

そうすることは自分にとって『通常運転』だから、いつも普通のことだと言う・・・。

 

それは、ただ事ではないのですよ。

当たり前のように思うことこそ、恵みなのですね。

必要な時に通常運転できるように、普段から育てられているのです。

痛みという、特別な恵みを与えられながら。

大いなるはたらきによって、痛みを与えられ、あたかも地べたを這うように生きながら

これこそ、ミッションに適(かな)『聖なるはたらき』(本業)だと思います。

(賃金のための仕事は、生業)

 

その方は、催眠状態で、愛と癒しの光の中に人々を招き入れ、祝福しました。

安らぎを得ると人はそれぞれに、感謝の言葉を伝えて自分の居場所に帰って行きました。

「ありがとう、って言われて きゅんとする・・・涙がにじむ・・・」

そう言うその方に私は伝えました。

 

実際には「ありがとう」と言ってもらえていなかったとしても、

人様の苦を抜き、楽を与えた無償の働きには、いつか天から報酬が与えられるでしょう

「いつ」とは約束されなくても、約束も保証もなく生きているのが人生です。

今に見ていてごらんなさい、きっとそうなるから。

信じていい。信じたもん勝ち。

だから、絶望する癖など、もう あなたには要らないでしょう。

 

こんな言葉を見つけました。

『困難に出会った時、

この程度ですんでよかった、と思えば、

その瞬間から人生は好転する。(中村天風)』

 

「ありがとう」に抵抗がなくなったから、「絶望・・・」よりも

これからは「よかった」へ 咄嗟に出てくる言葉を替えられるのでは・・・?

咄嗟に出てくる言葉が人生のレールだとしたら、ポイント切り替え のチャンスですね。