あの時、学校に行けない期間があって良かったと思い出せる時間にしたいです。

 

催眠状態では、イメージや音、匂い、などの五感・直感の他に

「体の感覚」で体験することがあります。

イメージに「体の感覚」がからんでくることがあります。

 

Ⅿさんは、寝息のような呼吸が乱れ、

「怖い…窮屈…」と言い始め、

全身が小刻みに震え、緊張して「苦しい…」と言いました。

私「何が苦しいの?」と訊いたら、

「押しつぶされる…」

私「何に押しつぶされそう?」と訊いたら、

すべてのもの」とおっしゃいました。

 

催眠療法は、クライアントさんと私の潜在意識の交流によって運ばれていきます。

 

その苦しい感覚を体験させている潜在意識のガイドに、

私は心の中で、

「何に気づいてほしいの?」と問いかけると、

『不登校の子どもの感覚』とひらめきました。

(Mさんはその時、不登校以外のテーマに取り組んでいたのに)

 

 

私「その圧迫感、お子さんが教室にいるときの感覚じゃない?」と訊いたら、

「…そうかもしれない。」と答えました。

私たち親は、学校へ行けなくなったわが子が、学校でどんな感じか

知ることができません。

 

私は、Mさんを押しつぶす「すべてのもの」に、

一緒に声をかけることを提案しました。

 

ありがとう。

ごめんなさい。

ゆるしてください。

愛しています。

 

繰り返し言っていると、

「縛りがゆるんだ。楽になってきた。」とおっしゃいました。

さらに続けました。

 

ありがとう、成長のチャンスをくれて。

ごめんなさい、恐れてばかりで。

ゆるしてください、長い間気づかなくて。

愛しています、すべてのものに価値があるから。

これを通してもっと楽になるよう、幸せになるよう導いてくれて。

 

すっかり圧から解放されたⅯさんは、

4つの魔法の言葉は知っていたけれど、

自分を「押しつぶすもの」へ ありがとう、って!?

こんな時にも使うのか!と驚いたそうです。

 

エネルギーチャージが進んで回復してきた子どもたちに、人によっては

恐れてばかりいないで、ちょっと前に行ってみよう、

苦手だった雰囲気の人たちにあえて

「新しいまなざし(愛)」を向けてみることを具体的に勧めることがあります。

それは、成長のチャンスになります。

 

行けなくなった理由は千差万別、状況も然りです。

行けない理由を知られたくない(詮索されたくない)子もいます。

例えば教師にわいせつなことをされている場合、

子は親に助けを求めるとは限りません。

言ったら親がどうするか、どうなるかを考えて怖くなって口をつぐみます。

 

また、言うに言えない<気持ち悪い感じ>を持て余し、

それをうまく伝えるすべがない子どももおります。

的確な言葉がなくて仮に<不安>と言うことがあるかもしれません。

 

不登校になるたくさんの心の優しい子たちは、

優しさ故、敏感さ故、魂の成熟度が進んでいる故に相手を慮り、

幼い頃から親を困らせないよう、黙って抑圧してきたかもしれません。

 

抑圧には限界があります。

臨界点に近づくと登校を渋りだし、発熱などの体調不良を訴え、

それでも親を心配させまいと

「こんな自分じゃだめだ」と頑張って、

「登校する意思がある」と親に見せなければと頑張って、

臨界点に達して、ピタリと止まってしまうのです。

 

頑張って親や社会に従って、本心を抑圧している間に、

苦しさ・悲しみ・寂しさの裏に静かな「怒り」が蓄積します。

 

最近、不登校の中高生と話す機会が続きました。

かなり回復が進んで方向性が見えている方たちに、

それぞれの気持ちを聴かせていただきました。

『何が助けになったか』を紹介します。

 

⋆お母さんの笑顔(お母さんの存在感は別格)

⋆家族の笑顔

⋆お母さんと一緒に笑ったこと

⋆家族と一緒に笑ったこと

⋆悩みそのものを笑い飛ばしてくれる言い方

⋆指示なしで、そのままを受け入れてもらっている安心感

⋆信頼されていると感じること

⋆好きな音楽、見ていて楽しい好きなもの

 

逆に『何が苦しかったか』

⋆人の目(どう思われているか)

⋆落ちこぼれる劣等感

⋆この先どうなるか不安

⋆狼狽する親(自分のことで喧嘩する両親)

⋆不登校を責められる圧迫感

⋆自分はダメだと自責の圧迫感

⋆心配されること(苦しい)

⋆「こうしたら?」と行動を方向付けされること(圧迫感)

 

「~は、やったの? 今やらないと…」と強いられるよりも、

会話の中でたまたま私が言った「ちょろいじゃん!」が本人の何かにピタッと沿ったのか、

「そう、ちょろいんですよ。やれば、ちょろいってわかっているのに、スイッチが入らない。」

それなら、好きなことをしている時のスイッチの入り方を思い出し、それをヒントに

苦手なことを始めるスイッチが入れられそうだ、と自分で気づいてくれました。

 

つまずいている<小さなこと>を一緒に見つけて、どうしたらあと一歩を踏み出せるか、

本人主体で 一緒に見つけ出しました。(あくまでも回復期)

 

エネルギーが枯渇した苦しさを<気持ち悪い><不安>と言うのかもしれません。

それは言うに言えない重苦しい圧迫感なのでしょう。

 

大人が言って聞かせることは、言われなくても十分わかっているのです。

 

親自身の「こうであってもらわなければ困る」という理想の子ども像、

世間に自慢したい欲、

それらは本当に大切な価値でしょうか?

子どもに抑圧を課してまで優先するべき価値でしょうか。

 

子どもは苦しみに身を呈して、親の成熟を助ける役目を担っていることがあります。

無意識に、子どもが親を育てています。

私の場合はそうでした。不登校の体験なしに未熟な私は親になれていなかった…。

それが今の子どものミッションなら、

親が持っている要らないものを捨てて楽になれたら、

ミッション達成のご褒美とばかりに

大宇宙はその子の背中を押して、本来の軌道に戻らせてくれるでしょう。

長い人生の中の一時の遅れなど、取り戻すことができます。

何よりも、その子・その人なりの時間軸が自由に設定されていい、

それが成熟した社会の在りようではないでしょうか。

 

『笑い』は薬です。

抑圧することに慣れてしまった子が、とつとつと話す心の声に

親がうろたえては、言えなくなって、また押し殺してしまいます。

何が親をうろたえさせるのか。

何が親から 笑うゆとり(笑い薬) を奪うのか。

 

⋆この先どうなるか不安 (留年)

⋆一般社会の時間軸からの逸脱

⋆大学くらいは出てほしかったのに想定外の事態

⋆子育ては失敗だったのか

⋆世間体、親戚の無理解

⋆学校側の無理解 「いつから登校できるんですか?」と訊かれても…

⋆毎朝、親から休みの連絡(理由づけ)を課せられている苦痛

 

一般社会の時間軸、それは本当に大切な価値でしょうか?

この子は、この体験を通して親と共に成長できる、と信頼できれば、

目の前のわが子なりの時間軸を信じることができます。

本当に価値あるものを共に見つけるチャンスです。

 

親がしがみついている社会規範や体裁から自由になり

「新しいまなざし」で子どもの現実を見られるようになるために、

不都合な事態は、想定外の幸福な未来のために用意されています。

い換えれば、

想定外の幸せは、不都合な現実に姿を変えてやってきます

すべてのものに価値があるから。

苦しみの真っただ中では信じられないかもしれませんが、

私を含めて、そのように歩んだ方々を何人も見てまいりました。