食事療法でガンが消えるチェレンジの結果が出る前日、
結果を待ちきれなくて起床時から体調がすぐれないとお坊様から電話。
「私はどうして こうなるんでしょう?」
 
「〇〇さんは、こんなに頑張って取り組んだから【ガンは治っているはず】と思っている。
【治らない自分なんて許せない】と思っている。
【病気になる自分】を許せない。 【ガンで死ぬ自分】を許せない。
【治って生きることは ご褒美】 【治らないで死ぬことは 罰】と。
 
 
こっちなら欲しい、こっちは要らないと言っている。
自分の思い通りにならなければ受け容れられない。
 
ただで頂いた身体なのに、無条件で賜った命なのに・・・
自分で条件を付けて【賭け】をしている。 
 
〇〇さんの大事な身体が【賭けぐさ】にされて粗末に扱われている。
無条件に愛されないで、身体が苦しいと訴えているのですね。
 
本当は、どっちもいいのにね。
どっちも 御仏様からの頂き物なのに。」
 
追いつめられると御坊様でも不安定になってしまわれますよね。
 
どうして私は、「どっちでもいい」と思えるか・・・
「私という個体」対「神様」への祈り ではなく、
「神様の一部分の私」を「神様」へ捧げて使って頂く祈り をしてきたから、
全ては 天の御旨のままに御使い頂いているだけだから、
何を頂戴しても「GIFT」 ちょっと楽しみ 
思いがけGIFTほど後から喜びが・・・体験したことのない何か。
 
こんな感じです。
でも神様、痛い病気はご勘弁を。
神様、そこは宜しくお願い致します しまった、勝手なお願いだった!