久しぶりの休日の昼下がり、

静謐の中に身を置く一人の時間、

目をつむれば 祈りの中に 一息で入っていける、

一人一人を思って祈り…

自分に祈りを注いでいると、なぜかしら涙がにじんで

どこかから刃(やいば)を向けられている冷たい緊張を感じる。

 

至福の時間のはずなのに、何の涙?

誰? 私に刃を向けるのは?

 

私に向けられる刃に向かって、刃を両手で包み、

その声を聴きとってみる。

 

働かなくていいのか? 金を稼げ!

 健康なのに、こんな所で こんなことをしていていいのか? 稼げ!

刃が言う。

子どもの頃から働いて、

人の負債を払うために働きづめだった長い間、

私には刃が向けられていたのだった。『金を稼げ!』と。

 

何もかも失って住む所がなくなった時のため、

 雨露をしのぐ所を見つけておかなくていいのか?』

 

子どもの頃から、絶対の寄る辺を持たなかった私は、無意識に

雨露をしのぐ逃げ場を探す癖があった。

具体的なその場所を今も言える…。

 

私に向けられる刃を両の手で包み、私は言う、刃に言う。

 

もう十分頑張った。もういい。

とうに過ぎ去ったこと、もう刃は要らない。

静けさの中にいてもいい。

たまった新聞を読むのも、本を読むのも、手紙を書くのも、自由。

静けさの中で、何をしてもいい。私は自由。

もう逃げ場を探さなくていい、ここが私の安心の居場所。

本を読むことも、新聞を読むことも、

祈ることも、全部私の仕事。命の仕事。

お金にならないことも大事な仕事。

自分が豊かになることも大事な仕事。

 

長い間、刃が向けられて辛かったね。稼がされていたんだね。

もう、刃は要らない。自由になっていい。

静けさの中にいてもいい。

自分を大事にいい。

好きなことをしてもいい、自由だから。

楽しんでいい。それは「わがまま」なじゃい。

静けさの中にいられるのは「恵み」、賜った時間、

どこも痛くない…、賜った時間。

刃は要らない。

頑張った私、生きてくれて ありがとう。

理不尽によく耐えて、頑張ったね。本当にありがとう。

 

掌の中で、刃が形をなくし、感触が消える。

私に向けられている「手」をそっと握りかえす。

過去の痛みを捨て去って、今を生きる私と握手した。

過去はどうでもいい。 誰がどうした… どうでもいい!

今から生きる! 静謐を味方に、穏やかな光の中を。