お久しぶりです!

「しあわせになるカレンダー」の3月の

「暇な人がいる場はいい。お蔭で助かる人がいます」

っていうのは、どういう事なんですか??

「幸せになるカレンダー」 末尾参照

「夢をかなえるボランティア 夢ワゴン」が、寄付のリターンとして販売しております。

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高橋より 返信

私が病院で患者さんや家族に寄り添うトレーニングを受けていた頃に感じたことです。

例えば病院では

どこの病院でも、看護師さんは忙しく動き回っていると思いますが、

その病院は、看護師でない立場のカウンセラーが個別の目的がなくても、

ただ声をかけ、迷惑でなければ暫く隣に座って一緒にいるのです。

 

患者さんが普段話したいこと、ちょっと頼みたいけれど

忙しそうな看護師には頼みにくくて遠慮がち、不安な気持ち等…

 

あるいは「痛い、痛い」と言い続ける入院患者さんとも、

何も答えていただけない患者さんとも、

具体的な用事がなくても、

ただその方に気持ちを寄せて、その場に「共にいた」のです。

 

そういうケアが行われている病院は日本では指折り数えるほど稀で、

大多数の病院では必要性が理解されません。

アメリカやカナダでは、そういうケア(霊的ケア)ができる人がいなければ病院を開設できない法律があるそうです。

そういう意味で 悲しいかな、日本は医療サービスに遅れがあります。

 

例えば看護師さんは常に『次にやること』が決まっていて、時間に追われて忙しい。

しかし、私たちのようにフリーな人が(専門的なトレーニングを受けた人)

フラフラして、声を掛けやすい状態で患者さんに応じられれば、助かる人がおります。

 

ちなみに、その病院は、あくまでも患者さんに添おうとする意識の高い病院で、

命の終わりが近づいている患者さんが煙草を吸いたいと言えば、喫煙所へ連れて行きます。

余命数日で、ベッドごと外に連れて行って煙草を吸って頂いたことがありました。

 

病院に限らず、家の中

暇そうなお祖母ちゃんがいるだけで、帰宅した子どもには『共にいてくれる人』がいる状態です。

忙しい共働きの親にゆっくり聴いてもらえないことを話せたり、

『たわいもない話』ができるかもしれません。

そういう時間が子どもを癒しているかもしれません。

 

前にNさんが『一人遊びも大事』とおっしゃいましたが、その通りだと思います。

誰にも、一人の時間が大事です。

それと同じように、

特定の目的なく、ただ『共にいる人』も大事だと思います。

 

特に、ベッドに横たわり自由に動けない、ワガママが言えない状況の人にとっては。

無目的ケアを提供しようと訪問した私に

「一緒にそばにいさせてもらえませんか?」と声をかけられ、

『要らない。帰って』と断れる自由…

患者さんがこれを発動できること自体、

病院という不自由な環境に置かれた患者さんには意味があったかと思います。

 

忙しくない人がいる、その存在あるがゆえ助けられたことは、

気づき難いだけで、誰にもあるのではないでしょうか。

 

大事な存在なのに気づかれ難い…私はそういう存在でありたいです

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よくわかりました!

暇な人!!確かに「見落としがち」どころか、

多くの人は気づけてないとこですね!!

僕も今 言われて ハッとしました!

 

高橋さん、あい変わらず素敵な気づきがあって さすがです!

的確な返信ありがとうございました!

 

先月の「自己否定感は全て錯覚です」でしたっけ?

あの言葉も目につくとこにあれば救われる人はいっぱいいそうですね!

言葉の力はすごいですね!

返信ありがとうございました!!

 

「幸せになるカレンダー」は

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