お読みくださる方への刺激を慮って、

セラピー夢が読み手の方に誤解されるのではないかと

いったんは非公開とした下記のブログを読んだ方からメールを頂きました。

そして、力を頂きました。

ご本人の了解を得られたので、そのメールを最後に紹介します。

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何も話さなくなった中学生。

黙ったまま私の前で、しきりに手の爪と爪をこすり合わせています。

鬱積したものを抱えていると、こういう行為が現れます。

 

時間をかけて気持ちを掘り下げていくうちに、

不登校の引き金は学校での「こわい出来事」だったとわかりました。

そう聞けば

<その出来事のせいで登校できなくなった

その出来事さえなかったら、こうならなかった>と親は思いがちですが

問題は、出来事ではなく、

起きた問題に取り組む力が失せていることです。

 

その原因こそが、一番のテーマです。

何が この子を問題から逃げさせ、向き合う力を奪ったのか…?

良かれと思って導いた『母親の善意と意志』でした。

その陰に忘れられていた『本人の意思』。

そこから生じる『無力感』が無気力にさせます。

例えば、私立のその学校に入りたくない、公立の学校に皆と一緒に入りたかったから、

「いやだ」と母に言ったのに、私立へ入ることになった…

私 『その時のあなたの<感情>はどうだったの?』

 (大きな声で)『捨てた!』

それまで言葉を発しなかった子が、いきなり吐き捨てるように言いました。

何を言っても、母親の意向と同じでなければ無かった声になる。

言わなかったと同じ結果になって、

母親が良いと思う方へ決定されていく…。

 

そこで、むかし息子に言われた言葉が蘇りました。

「俺が何を言ったって、どうせお母さんが思うとおりに決めるんでしょ!」

この時の息子の想いと同じだとわかりました。

 

そして子は言わなくなるのです。

自分の気持ちなど、無いものと同じに扱われるのだから…。

そして子は無気力になり、

身の回りに起こる出来事に対処するのが面倒になって

閉じこもる…。

人と人の社会から 離脱したがります。

 

親は自分の考えは正しい、子どものためだと信じて決行する。

それは本当に 子どものためですか? 

 (子ども以外の誰のためか?とあえて問いたい。)

その時、子どもが本当はどんな気持ちなのか、

本当は何を求めているのか、

私たちは、『聴く』という大切なプロセスを置き去りにしてしまいます。

音としての子どもの声を聞くのではなく、

言葉の奥に想いを汲み取る聞き方を「聴く」といいます。

 

もう一つ、子どもが失望する言葉

『やれば できるじゃない』

まるで今まで やっていなかったかのように言われました。

私は遊ぶ暇もなく毎日やっていたのに、

「うちも子は何もしない」という親の嘘を聞いた親戚の言葉。

自分が真実を知ろうとしていないことに気づかず

『やれば できるじゃない』

褒めたつもりの言葉、傷つけていませんか?

 

耳に痛い話で恐縮です。

子育ての反省を思い出して、昔話をしてしまいました。

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高橋先生、ご無沙汰しております。

私は7月で仕事を辞め、今は家の掃除をしながら、丁寧に食事を作り、

家事の時間と、家族との時間を大切にしながら日々を過ごしています。

私に起こってきた様々な出来事から、

今まで自分がしてきたことを見つめる作業をし、罪悪感を伴わずに向き合いました。

本当に苦しかったですが…。

 

走馬灯のように、しまい込まれていた記憶の数々が蘇りました。

 

私はずっと「〇〇が育てにくい子だから育児を間違えてしまった」

「中学に入り、不登校になったから〇〇は心を病んでしまった」と思っていました。

 

でもそれは違いました。

 

ずっと〇〇らしく表現していたものを 私が受け取れず、

不都合な現実が苦しくて、

『〇〇が~だから困った子だ』と、ただ否定し続けてきてしまいました。

 

私はいつもどこか逃げていましたが、

すべて自分の責任だと恥ずかしながら ここまできてようやく気づけました。

そんな母親を〇〇は傷つきながらもずっと愛してくれていました。

 

子どもが退院してから、私は〇〇に心から謝りました。

〇〇だけでなく、他の家族に対しても改めてたくさんのことに気づかされました。

不都合な現実にあって、 

私はいつも「誰かを変えたい」と思っていたことに気づきました。

本当は自分自身が変わらなければならないのに。

  

前回、病院の主治医の言うことが理解できなかったと、

病院の苦しい左脳の世界を垣間見たと先生に報告させていただきましたが、

あの主治医の姿は私そのものだと気づきました。

 薬で、理論で、上から抑え付けて変えようとしているのは、かつての私でした。

だからこそ、主治医の言葉に強く反応したのだと思います。

私自身が気づくために。

 

またいわゆる左脳領域とも言える学校、警察、病院…を毛嫌いし、否定してきましたが、

これらに本当に助けられてきたことにようやく気づけました。

もう、今は感謝の気持ちしかありません。

仕事を続けていたら、忙しさの中で自分自身と静かに対話するゆとりも得られず、

今の良い流れは得られなかったと思っています。

 

あと、家族が猫を飼いたがっていると前にお伝えしましたが、

三毛猫を引き取ってふた月になります。

まだまだ小さくて可愛くて、みんなで可愛がっています。

〇〇も動物が大好きなので、猫と遊んで癒されているように見えます。

動物はすごいですね。

ただそこにいてくれるだけで、愛と癒しを感じます。

 

高橋先生の最新のブログの記事は素晴らしかったです。

どうして消されてしまったのでしょうか。

私は自分にも思い当たるものがあり、深い気づきを得られました。

もう一度読みたいです。